Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “禍殃かおう来たるに門を選ばずA
 



          




 素性不明という術師の蛭魔が、蜥蜴一族の総帥である葉柱と結んでいる約定は、基本的には“助っ人”という大雑把な代物だったが、彼の持つ能力の中、最も頼り
アテにしているのが、いつぞやにも触れた“陰の咒”の発動とそれへの耐性だ。大地の気脈から、精霊の気配、人の気魄や怒気、怨念、霊魂などなどに至るまで、個としての境が曖昧な、形の無いもの全般が、つまりは“陰”にあたる訳だけれど。中でも特に、大地の気脈や日輪からの恩恵に一切預からぬ“闇の眷属”というのがあって。魔界の覇王にも匹敵する“虚無”との一体化を心から望む、その筋の連中、その始末・処断には殊の外 気を遣わねばならない。曖昧模糊たる存在のまま、陽界に迷い出て来て悪戯をしたり、間が悪くもたまたま触れちゃった相手へ奇禍を齎もたらしたりというような。行き当たりばったり、ほぼ“現象”扱いして良いような、罪のあるよな無いよな存在とはまるきり違って。滅びの瘴気に最も近き存在であるせいか、陽世界の混乱を使命と任じて、錯綜した企みを張ることも珍しくはなく。殊に“黒の邪妖”に至っては、人と同じく“自我”を持つのみならず、対手をひどく傷つけて絶望の苦汁を舐めさせ、さんざんに打ちのめして陥れるための小賢しき知恵や策謀まで抱えているから、接する際には厳重注意が必要で。そんなきわどい連中を相手にするとなると、陽の力だけでは太刀打ち出来ないケースも勿論出て来る。こちらの不得手をしっかと把握し、それへの対抗策として、自分たちの能力を特化している場合も多々あって。そんな手合いにきっちりと対抗するべく、こっちも絶大な破壊力を誇る“陰の咒”を使いたいなら。こちらの世界で日頃から生活している“陰体”の、比較的 害の無さげな種族の長クラスの者と、式神の契約を結べば、陽世界の者には手出しがご法度な“陰の咒”を、代行という形で提供してもらえるから、万能に近い能力を得ることとなる訳で。

  『言霊の契りだけでは不安か?』
  『何なら眞
まことの名を教えといてやるが。』

 こっちからは一度たりとも強請
ねだったことなどなかったのに。結局は自分から、相手に支配されてしまう“眞の名前”を教えてくれた葉柱で。

  “馬鹿だよな、やっぱ。”

 あまりに深い傷を負ってしまったその上に、毒性の強い瘴気に冒されもしたことで、葉柱が塒
ねぐらにしている社祠に戻れなかった彼らであるらしく。たかだか“人間”でしかない自分が下手に触れてはならぬものだというのは蛭魔にも判り、ただ見守るしかなくて。進を呼んでの強力な結界を張ってやり、やはり心配するセナと二人、庭に接する広間に控え、息をひそめて見守ることとなったのだが。
「もう遅いですよう、お休みになって下さい。」
「平気だ。」
「お館様〜〜〜。」
 幸いなことに、彼らを襲った邪妖そのものは追って来て現れたりはしなかったのだが。

  “いっそ、来てくれた方が良かったのかもな。”

 気の利いた酔狂など全く知らない進が言うほどだから、決して下手な冗談ごとではなく。どんな怪物だかは知らないが、いっそのこと、なだれ込んで来てくれたなら…まずは自分が何処ぞへと連れ出し、それからそれから。一体どうやって、じわじわと苦しくも冷酷に、その息の根を止めてやろうかと、蛭魔にじっくりと考えさせても良かったのかも。そうと運んでいたならば、少なくともこんな風に…まんじりともしないまま、広間の縁にただただ片膝立てて座したままにて。庭の結界を睨みつけてる蛭魔の傍らに、そんな彼へと手を焼くお役目、セナを配さずに済んだだろうから。

  「……………。」

 夜も更けて庭は暗いが、今夜は幸いにも望月だったから。御簾越しの庭先、草むらの向こうに座り込んでる大きな背中が、輪郭だけでも何とか伺える。まるで父親か何かのように、時折何かしら話しかけてやって、懐ろに抱えた子供を励まし続けている彼であり。傷が痛むからか、それとも心許なくも怖かったからか。ちーちーと虫のような か細き声にて、微かに微かに泣いてた気配も。今では、少しは回復して来た証しか、きゅうきゅう・くんくぅーんとむずがるような声をしきりと出すのへと。深みのある声にて話しかけ、それでも足らず、愚図り出しそうになれば…自分の大ぶりな手を差し出してやり、ほれと噛みつかせてイライラを紛らわせてやっていたり。
“………貫禄は満点だよな。”
 日頃、さして用向きもないままに顔を合わせる時なぞは、気安く小馬鹿にしたりもする相手だが、本当は…すぎるくらいの十分に、存在感やら貫禄や、誰かを庇い切れるだけの甲斐性がある男だということくらい、とうに判っていた蛭魔でもあって。男臭くて野趣に満ち、精悍で頼もしく、何より…自分だけの存在であってほしいと、初めて唯一思った相手でもあったから。

  “………。”

 彼一人であったなら、怪我にせよ消耗・憔悴にせよ、こうまでかかる酷いものにはならぬのではなかろうか。蜥蜴なんて生き物はそもそも随分と小さい“蟲”だから。人の姿になれる上、言葉を話し、知恵もあり。その上で、そうまでの力…本人の回復力が強いというだけではなく、他人への治癒を施せるまでともなると、それなりの格の者しか持てぬ能力だろうから。大きな奇禍やら災禍の襲来にあっては、先頭に立って対せねばならぬ身なのもまた、彼らの一族の中で上に立つ者の義務や使命であるのだろうが、
“…うざってぇよな。”
 そんな義理みてぇなもんなぞ、とっとと放り出しちまえと、つい思う。お前は俺の式神としてでだけ、この世にいりゃあ良いのによ。自分の不注意や力量不足のせいじゃないのに、そんな面倒抱えたり、死ぬような目をくぐらにゃならんような地位や使命なぞ、とっとと下の奴だか次の奴だかに譲っちまえよ。

  “俺だけの式神でいる分には、そこまでの目には遭わせねぇのによ。”

 そんなことまで取り留めなく、その胸中にて思ってみたりもし。苛々が嵩じて眠れないのはこっちだと、とうとう先に寝ついてしまったセナを自分の寝間まで運んでやってから、ぶちぶちと不平をたんまりこぼしてみる。御簾越しにしか見ること適わずと禁じられたその背中。自分の知らないどっかのガキに、眼差しから意識から、声から手のひらの温みから、すっかり全部を独占させやがってよ。大体、そもそも何で、こっちへ背中を向けてやがるかな。後ろめたい何かがあんのかよ。とんでもねぇ事態を引っ張り込んだからか? 情けない姿を見られたくないからか? 弱ってく様を見せてんのには変わりねぇじゃんか、馬鹿ヤロが。いいか? 覚えてやがれよ? すっかり元気に回復しやがったなら、


  ――― 禁令出てた分もまとめて、独占してやっからな。


 全部だぞ、全部…と念を押しつつ、その手元には昼からのずっと。手放さぬままの翡翠の根付け。深い緑の石の肌、指でいじっては体温を分けつつ温めながら、せめて想いくらいは届けよと。まんじりとも出来ぬまま、長い秋の夜を見送った。今宵だけは珍しいほどにしおらしい、そんなお館様であったそうな。






            ◇



 結局のところ、何もせぬまま出来ぬまま。じっと我慢の態勢のままに、永遠とも思えし三日三晩ほどが駆け抜けて。今朝もまた、ずんと冷え込む晩秋の冷気が容赦なく、京の都の足元、床下からをひたひたと満たし。場末のあばら家、蛭魔邸を包み込む、蒼い黎明の中へも無言のままに訪れたは、新しき朝の気配。

  「〜〜〜〜〜。」
  「〜〜? 〜?」

 ふと。妙に静まり返った中での話し声がして目が覚めた。あまりに静かな朝の庭先。冷え込みがひどかったか、それとも進が外界と隔絶すべく広げた結界を避けてのことか。小鳥の声さえない中に、細く低く、何ごとか語り合っている声がする。

  「…で、何がしたいね?」

 ああ。彼奴の声だ。何て優しい声だろうか。多少低めても少し掠れるだけで、十分聞こえる滑舌だし、それだけの張りもある声質で。なのに決して、押しつけがましかったり喧しかったりはしない。頼もしき貫禄と威容を、されど、びろうどの柔らかさで覆い隠してさりげなく。話しかけている相手を包み込むようなその声で、愛しい愛しいと撫でてくれるのが、いつだってそれは心地いい。そんな希少なものを、価値も判らぬそんなガキへ聞かせるなんて勿体ない、と。まずは思った。だって、
「んっとねぇ。ごはんがたべたいの。」
 お腹が空いたの、頭目様、何かないの? そりゃ困ったな、手持ちはないや。おなかが空いたよう、もうおウチへ帰りたいよう。屈託のないことで駄々を捏ね、葉柱も半分くらいは本気で困っているらしい。これまでの緊迫の数日をすっかりとうっちゃって。そんなやりとりをしているところへ。外の方から別の気配がし、

  “………え?”

 ぎょっとして、ついつい反射で寝床から身を起こした蛭魔だったが。御簾の向こう、白々と明るくなりかけていた庭先に現れたは、町人風の簡素ないで立ちをした女が一人。門番よろしく立ち塞がって、結界を張っていた進へと、腰をかがめての丁寧な会釈をしたその姿へ、ああと蛭魔にもやっとの得心がいった。
「かあちゃん。」
 子供がそれは嬉しそうな声を出し、抱えられていた葉柱の懐ろから小さな手を伸ばす。それを葉柱もまた高々と抱えてやって差し出せば、今にも放たれそうな嗚咽を何とか堪えつつ、その婦人が子供を受け取り、何度も何度も頭を下げて。母ちゃん母ちゃん、凄い怖かったけど、オレ、頭目様の言うこと聞いて、いい子でいたよ? そんな声が少しずつ遠ざかるのへ。我慢して我慢して待って待って、それからやっと。
「…っ!」
 立ち上がりながらという性急さにて、御簾を撥ね上げ、濡れ縁へと急いで出てみれば。庭先の、最初と変わらぬその位置で。座り込んだままだった大きな背中が、ふわりとゆっくり、草むらの中へ、横倒しに倒れるところ。
「おいっ!」
 これ以上は我慢も限度。素足のままにて飛び降りている。続いて出て来たばかりのまんま、セナが慌てたようにお師匠様の背中へ手を伸ばし、何とか制
めようとしたけれど。それへは…進がゆっくりとかぶりを振って引き留める。

  ――― もう大丈夫だから、と。

 草むらを踏みしだく爪先はすぐにも冷えて。朝露に濡れて袴のところどころが色を変えても意に介さず。龍か何かのヒゲのような、やたら長い草が乱雑に生い茂る一角へと、わしわしと踏み込めば。そこへと埋
うずまり横たわる、久方ぶりに目にする葉柱が、その長々とした体を…少し丸めてのびている。もう乾いたらしい血と土埃とで黒々と、腹やら肩やら胸元やら、衣紋を随分と汚したその上へ、すっかりと憔悴し切った男の、痛々しくも無心な横顔が無造作に晒されており。ぱさりと散った黒髪の陰に、瞼は伏せられ、微塵も動かず。そのまま寝てしまったか、それとも…と。不吉な想いが沸き立ちかかるのを振り飛ばし、
「…おい。」
 声をかけたが、表情はひくりとも動かない。
「おい、葉柱。」
 伸ばした手の先。一瞬ためらってから、だが、ままよと触れてそのまんま。大きな肩をゆさゆさと揺らせば、
「ん〜〜〜。」
 力の抜けた返事が起こる。どうやら疲弊が限界を超えたが故の弛緩だったらしく、瞼は依然として上がらぬが、

  「俺も腹減った〜〜〜。」

 何とも暢気な言いようをするものだから。

  「何なら、この庭中のコオロギを全部、食っていいぞ?」
  「……………あのな。」

 疳の虫封じじゃあるまいに、そんなもん食わんぞ。何だ、お前らもそうするのか。第一それはイナゴだろう、そうじゃなくって普通の飯が食いたいんだって。判ったから…せめて起き上がってくれんか、俺はお前みたいな馬鹿力もちじゃねぇからの、家まで広間まで頑張って這い上がれ…などなどと。無事だったからこその憎まれ口を叩き合う。心と裏腹な言いよう、単なる景気づけの強がりだろうよというのが葉柱にも判ったのは。そんな言いようをぽんぽんと投げてくる蛭魔の眼差しが、何にか焦がれて、焦がれ過ぎて じれてでもいるかのように。安堵以上の甘さに潤んで、何とも切なげだったから。

  ――― 済まなかったな。騒がせた。
       そんなもん今更だ。別に構わんさ。

 セナが洗い鉢と一緒に桶で運んで来たぬるい湯で、とりあえずは顔と手足を洗わせる。湯に濡れた端からすぐにも冷えるほどには、まだまだそれほど外気の寒さもキツくはなかったから。横になったままの侍従へと、もったいなくも主人自らが手をかけてやり。頬骨の上やら、唇の端、でこの端に顎の下。この三日というもの、角度が悪くて全く見えなかったあちこちの、傷やら痣やら、湯に浸したり手ぬぐいで拭いたりして洗ってやって。時折“痛たた…”と情けない声を上げるのへ、くつくつと愉快そうに笑って見せて。そんなどさくさに紛れさせ、先程の詫びへと一番最初に思った感慨、胸の奥底にその一言を転がしておく。

  ――― いいさ。お前が無事ならば。

 何とか落ち着いたか、やっとのこと。身を起こした図体を、今度は間近から見上げた蛭魔へ向けて。億劫そうに腕を上げ、後ろ頭をほりほりと罰が悪そうに掻いて見せる。これでまた、お前に貸しが出来たには違いないがの。嬉しそうに言ってんじゃねぇよ。大体、貸し借りあろうがなかろうが、ちゃんと呼ばれりゃ来てんだろうがよ。

  「…そういや、そうだったかな。」

 呼ばんでも来るってのが正しいんだがな。ほぼ毎日のようにこの屋敷に来ている彼であるのだし…驚くべきことには、わざわざ“眞の名前”を呼ばずとも、葉柱と呼べば大概現れる彼でもあり、それをネタにしての会話らしい。憎まれが出るのは元気な証拠と、妙に嬉しそうに目許が優しいお館様であり、そんな庭先へは遅ればせながらの朝日がほら、ゆっくりと金の矢を射込んで来て、それはそれは目映いばかり…。







   ――― 後日。


 西院の野っ原にて、それは巨きなムカデの邪妖を、武者小路家の御曹司が調伏せしめたとの噂が、権門貴族やその筋の人間たちの口へと上り、さすが、名のある家柄の御方の見事な働きよと、過分なほどにもやたらと褒めそやされていたらしかったが。
「厭味というものは、底が浅くて判りやすいほど、言った当人のレベルが低い証しなのだがな。」
 つまりは、言外にこちらの術師を引っ張り出して比較して、悪し様に罵っているつもりの“厭味”であるらしいと判るのだけれど。こちらにはそのご当人からの使いがあり、
『どうやらウチの末席のやんちゃ筋が、召喚の真似ごとを素人に中途半端に教えたらしくて。』
 その余波にて、そちら様の側近の方へ多大なるご迷惑をおかけしたようでという、お詫びのご挨拶をいただいたばかり。
「でも何だか、悔しいような気がしませんか?」
 ○○様のお屋敷の雑仕たちが、町の市で会ったウチの舎人のお兄さんたちへ、そりゃあ偉そうな悪口を言ってたそうですよ? 何にも知らないクセに勝手なことを、大体、その人たちの手柄でもないのに何でまた…と。小さな書生くんが珍しくも不満げに愚痴もどきを口にしたものの、

  「どうでもいい馬鹿者たちには言いたいように言わせておけ。」

 お館様も、それから直接難儀をなさった葉柱さんも、くすくす・にやにや、静かに笑っておいでなばかりであり。
「だからの、セナ坊。武者小路の御曹司とか、そうそう、あの“りく”とかいう坊主だとか。そういう人々は、正しいところがちゃんと判っておいでだからの。」
 恐らくは帝や桜の宮の東宮も、真の事実はご存知でもあろうから。だったらそれで十分ということだよと、蜥蜴の総帥殿はあっけらかんと仰せだし。金髪金眸のお師匠様に至っては、
「俺らが今更お褒めにあずかったって、しょうがなかろう。」
 実を言えば、掘り下げたなら。もちっと大きな騒動をも、既に幾つも片付けている自分らで。彼らが対峙するそれらは、大事であればあるほどに、とんでもない邪妖の実在とか、人が人を祟ったり呪ったり出来るという実際例とか、人々の不安を煽るばかりなこととかが一杯でもあって。現在の御代
みよが、ある意味いかに不安定かをさらけ出すことにでも繋がったなら、政権不安を招きかねないもんだから。そこはやっぱり…広く表沙汰になっては不味いこと。
「そういう事態を、片手間に“ちゃちゃちゃ〜〜〜っ”と片付けてしまえる俺らだってことは、必要な筋にだけ通じてりゃあ良いんだよ。」
 とばかり。やっぱり…さして意に介してはいらっさらないご様子で。
「それよか、ほれっvv 城崎土産のイカとアジの一夜干しだぞ?」
 紫苑殿が使者に持たせて寄越したお土産だとよ。宇治の領地からのミカンも山ほどくれおったぞとご披露すれば、
「わぁ〜〜〜、美味しそうですねぇ〜〜〜vv
 あっさり注意が逸れてしまった、そんな無邪気さがやっぱり可愛らしい書生くん。とんだドタバタも、ああまでの緊迫の日々も。過ぎればあっと言う間に笑い話になるような、そんな呼吸と生気
(バイタリティ)に満ちたお屋敷は。今日も今日とて、暖色の灯が御簾越しに幾つも瞬く、やさしい晩を迎えそうな雰囲気です。










  momi1.gif おまけ momi1.gif


 治癒回復に三日三晩もかかってしまい、すっかりと弱ってしまったらしき葉柱を。結局は進に担がせて何とか広間に上げてやり、寝間に寝かせての枕元。本人の気が済むようにと、握り飯から鹿やキジの焼いたのや、川魚の佃煮に里芋蝦芋の煮つけ。ここいらでは贅沢な、海の魚のすり身と鷄卵をふんだんに使った厚焼き玉子に、うなぎの蒲焼き、蒸し蕪のあんかけ…と。朝も早よから盛大に御馳走を並べてやって、せいぜい滋養をつけよと勧めれば。あれほど憔悴し切って萎えていたのはどこの誰やら。片っ端からお元気にも平らげてしまい、食った食ったと再び寝間へ横になった現金さ。傍らにてご相伴にあずかっていたセナなどは、唖然としていて可愛らしいものだったが…その寝所に眸がいって、ふと、お箸をお膳へとぱたりと置いた。そして、

  「お館様だけ狡いですぅ。」
  「………はい?」

 今度は何なに? 主人を相手に、我儘も言いたい放題とは、変わったお屋敷には違いなく。いや、日頃はそうでもないんですがね。ただ…この時代の寝間というと、茣蓙のような薄べりがせいぜいで、板張りの床にそれを敷き、着物を何枚も敷いてその上へ寝るのが普通。だっていうのに、
「お館様だけ、あんなふかふかの綿入れを敷かれていたなんて…。」
 綿自体は既に渡来してもいたろうが、まずは紡いで布にするか、着物に入れての防寒用が精一杯。栽培もまだまだ進んではおらず、人が寝るほどの量を寝るためにだけ用いるほどにはなかった、ある意味で準貴重品だっただろうから。この三日ほどその傍らでの添い寝をしていたお館様の寝間の、何とも柔らかで心地の良かったことよと、そりゃあ驚いたセナくんであったものの。場合が場合だったから、わあと思っても黙っていた彼だったのだけれど。今や安心した反動も手伝ってのこと、ぶうぶうとそりゃあもう膨れた膨れた。
「まあ…これから寒くなるからの。」
 気持ちは判るが、これは…普通に貢がれた代物ではないからねぇ。その寝間まで立ってゆき、枕元へと膝を落とすと、大元の生産者である
(おいおい)蜥蜴の総帥様にこそりと訊いたところが、

  「出してやれないか?」
  「そりゃあまあ、出せんことはないけれど。」

 微妙に…微妙な顔をする。何だ、何か問題があるのか? 小首を傾げたお館様へ、
「俺がそんなもんをあのおチビさんにやったとなれば、角が立つんじゃなかろうか。」
「??? 何で?」
 ますますキョトンとしているお館様には、蜥蜴の総帥、ちと呆れつつ。

  「だから。
   寝床の進呈なんてのは、
   大概の生き物にとっての究極の“求愛”行為だろうがよ。」
  「…あ。」

 ああそっかと納得の手打ち。そんなことをした日には、あの憑神の進がどんな大暴れをすることやら。
(笑) そういう理屈から言葉を濁した葉柱だったというのが、遅ればせながら判ったと、自分の手のひらを綺麗な拳で叩いて見せてから。

  「………お前、そういう下心があって俺にあの布団を出してくれてたのか?」

 いや、あれは単に寝やすいようにとだな…なんて、言わなくても良いことを馬鹿正直に答えた総帥様へ。色気満載の下心がなければないで、それはそれで…やっぱり微妙にカチンとくる言いようだと解釈した、どうにもややこしい間柄とご気性をしたお館様だったそうですが。なんか…今更それを 俎上へ載せられてもねぇ。何だか順番が違うような気もするのは、果たして筆者だけなんすかね?





  〜Fine〜  05.11.18.〜11.21.


  *タイトルに掲げました言い回しですが、
   こんな物騒な格言とか四字熟語はありませんので、念のため。
   似たようなのはありますが、
   そっちは“噂や讒言は出る門を選ばず”という格言で、
   早い話が“口は災いの元”という意味の言葉だったと思います。

  *おまけを書きましたので、宜しかったらどうぞvv

ご感想はこちらへvv**

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